三輪山登拝 前編

先週、奈良県桜井市にある大神神社の御神体である三輪山の登拝に行ってきました。

発端は、いつものラインメンバーのKさんが8月に三輪に行った時。定宿にいたKさんが三輪山をオススメしてくれ、宿の空き部屋をおさえてくれ、あれよあれよという間に登拝が実現しました。

思えばあの時に一気に諸々の予約がスムーズに行ったり、当日はトラブルもなく三輪駅に到着したりと、三輪山に呼ばれていたのだと思います。

今回の登拝は台風19号が迫っている時に行ったものでしたが、不思議と台風のことは全く考えていませんでした。むしろ三輪山に登れることの方が楽しみすぎて、台風のことを考える余地がなかったくらいです。普段なら思考であれこれと台風のことを考えてしまうのですが、この日は朝からハートが全開。そして全開のハートで新横浜から三輪に到着したのが朝10時すぎ。なんと、集合時間の1時間も前に着いちゃいました。

到着して宿に荷物を預ける予定だったのですが、ハートが全開になっていたせいか、宿とは逆方向に歩いてしまい…大神神社の二の鳥居に到着してハッと気づき、引き返して宿にたどり着くというやらかしをしてしまいました。思考が働かないと、ハートが求めていること(この場合は登拝)の方に現実を無視してドンドン進んで行ってしまうんですね。

その後は荷物を預け、三輪駅でKさんと、Mさんと合流。Kさんは2年前のMomoyoさんの大阪セミナーからの知り合いで、Mさんは今年の東京セミナーから。

Mさんはどうやら三輪駅に来るまで色々と大変だったみたいで、お試しがあった模様。それでも無事に全員、三輪に来ることができました。

お昼ご飯は大神神社近くで全員がピンときたお店でにゅうめん(冷やし)と柿の葉寿司をいただきました。この日は10月なのにまだやや暑かったので美味しかった。

昼食後は、大神神社や所々の摂社でお参りをしてから、登拝口のある狭井神社へ。

狭井神社には御神水が無料で飲める場所があるのですが、この場所に近づいたら体が回転してしまいました。登拝前だというのに体がクルクルと回ってしまいましたが、なんとか近くにあった水琴窟の音で回転を沈めて、登拝の手続きを行うことに。

午後0時5分、登拝開始。

登拝して間も無く、メンバーのKさんの足が急に止まってしまったのです。あとで聞いたところ、何かがどっしりと背中に乗っていてキツかったと言っていました。

そして、Kさんが急に止まって座り込んだ瞬間、

どういうわけか、僕の足が急に先へ先へと足を進めていってしまいました。二人を残してひたすら先へと進んでしまって行ったんです。

急勾配もあったんですが、その時は次の一歩をつける足場がわかったんです。まるで、この山にかつて登ったことがあったかのように、スルスルと進んで行ったんですね。

気づいた時には、滝のような休憩する場所にいました。そしてそこで何故か、滝の前にあった水が竹筒から出ているところで顔を洗い、「懐かしい」感じがしたんです。

そして1分も経たないうちにまたダーッと登り始め、また気づいた時には中津磐座(なかついわくら)にいました。

そしてこの後は休憩を挟みつつ上がって行って、高宮神社、そして奥津磐座(おきついわくら)に到着したのは午後0時45分。通常は1時間〜1時間30分はかかる道のりを、40分で爆走して行ったみたいです。相当三輪山に呼ばれていたんだと思います。

実は今回、三輪山に来る直前で、とある「おつかい」を三輪山の神様に頼まれていました。

その「おつかい」を無事に奥津磐座で達成し、しばらく休憩していると、無事にKさんとMさんと合流することができました。

三輪山で起こったことはあまり詳しく話してはいけない決まりがどうやらあるようで、詳細は割愛させてもらいますが、実は結構不思議な出来事が多発しました。

ネットを見ると、結構皆さん三輪山で多くの不思議体験をしているようなのですが、似たようなものもあれば、どこにも書いていないようなこともあったり…….登拝前はまさかそんな体験をするとは思ってもみなかったし、起こった体験はどれも常識的に考えられないようなことばかりだったので、下山してからはKさんやMさんとしばらくあれこれと考察をしていました。

ある程度の結論には3人の中で達していたのですが….それでも、納得のいく結論は出ないままです。あの数々の不思議体験は、本当になんだったんだろう…。

一つ確かなのは、三輪山はすごく波動が高い場所であるということでしょうか。

波動が高いからこそ不思議な現象が起こるのでしょう。そして、波動の高さで心身ともに清められるような感覚がありました。

そして、どうやら、奥津磐座で例の「おつかい」をした時のことなんですが、どうやら指導霊が交代したみたいです。前は西欧のニコニコした修道士だったのですが、今回の登拝を機に、少し厳しめの修験者に代わりました。修道士さんもいるにはいるんですが、メインで動く人が修験者に交代したようです……..これから忙しくなりそうだなぁ(遠い目)。

そして、高宮神社でなぜか「666円をお賽銭に入れる」というイメージが湧き、なんでだろう、と思いながら財布の中から666円を取って賽銭箱に入れたんですね。

666って、西洋では悪魔の数字じゃないですか。縁起が悪い感じがするじゃないですか。でも、その時はなぜか666円っていう数字が浮かんだんですよね。あ、でも、正しくは、「すべての種類の硬貨を入れよう」だったと思います。

これ、気になって下山後にあれこれ話していた時に一緒にいたMさんに聞いてみたら、「6という数字は思考を表しているから、思考を手放しなさいという意味なのでは」という有力な情報をいただきました。また、これは後日なんですが、Mさんからラインで「666という数字は初めの第一歩」という意味があるということも教えてもらいました。

思考を手放し、第一歩を始める….「おつかい」….そして、あの不思議体験の数々….今回の三輪山登拝は僕の霊的な成長に欠かせない旅だったようです。

下山後、「あの山の頂上まで行ったんだぁ…」としみじみ感じました。何かの力(おそらく修験者の力)によってガンガン進んだ行きは息を切らす場面もあって大変だったのですが、帰りはすごくスムーズだったのが不思議でした。

【中編へ続く】

投稿者: dragaliens

30代男性。元教師。 見えない世界に興味がある。 自分を癒やす旅を続けている。

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