発達障害 -魂は自分のことをわかっている

Momoyoさんの4月のセミナーが延期になりましたね。昨晩事務局からメールが届いた時、実は送別会に出ていて、中華料理店で紹興酒をボトルで空けていたせいかかなり酔っ払っていたので、延期については「あ、そうなのね〜」という感じでした。で、酔いが覚めて考えて見たときには、やはり延期になってしまって残念な気持ちに。

4月に開催されないのは残念ですが、これも宇宙の計らいなのでしょう。このタイミングではないのかもしれません。

そういえば、3年前の大阪セミナーの時も、当初は7月の予定でしたが、延期になって8月になりました。あの時の延期の理由は覚えていないのですが、(確か、Momoyoさんの帰国の予定との兼ね合いが云々みたいな内容だったような)8月になったおかげで今も交流が続いている友人たちに出会えたのだと思うと、あの時延期になってよかったなぁ、とも思えてくるから不思議です。8月でなければいけなかったのでしょうね。

今回の延期も、恐らく、より良い出会いに繋がるためのものだと思えてきます。

最近、所謂視える人、ヒーラーさんやスピリチュアルカウンセラーといった人たちと会う機会が多くなっているんですが、そういった人たちと会うときによく話題に上がるのが「発達障害」なんです。

僕は職業柄、発達障害のある生徒を何人も見てきました。中には診断をされている子もいれば、「それっぽい」子もいます。

発達障害の生徒を見ていると、やはりどこか生きづらさを抱えている子が多いです。周囲と馴染めなかったり浮いてしまったりすることで、いじめに遭ったり、「なんで自分はダメなんだろう」と自己嫌悪に陥ってしまったり。

そして追い討ちをかけるように、成績が下がってしまって自信をなくしてしまうような事態になることもよくあります。

こういう時の親の行動には大きく分けて2つのタイプがあります。「とにかく子供に頑張らせるタイプ」と、「子供が向きたい方向を一緒に考えるタイプ」です。

現実世界では、前者が圧倒的に多いです。特に私立の場合はそういった親が多いでしょう。一生懸命やればなんとかなる、努力が足りないからだ、ととにかく頑張って学校に行かせます。病院に行って衝動性を抑える薬を処方してもらう(勿論、副作用がある)、子供のスケジュールを徹底的に管理する、家庭教師を雇って遅れを取り戻そうとする…ありとあらゆる手段を使って、「普通の」生活を送らせようと必死になる親がいます。子供も子供で健気なので、親の期待に応えようと必死になって、努力をするんですね。教員は家庭の方針に口を出せないという暗黙の了解があるので、見ていて痛々しくなってきてしまいます。

そして、そういったことで色々と親子共々頑張るんですが、状況は改善するどころか悪化することがほとんどです。

一方、少ないですが、「子供が向きたい方向を一緒に考えるタイプ」の親も存在します(ちなみに、前者のタイプの親で疲れ切ってしまった結果、後者の親にクラスチェンジする人もいます。)。

このタイプの親は、生徒と向き合います。学校を続けたいのか、それとも休みたいのか、あるいは辞めたいのか。何が楽しくて、何が辛いのか。誰が好きで、誰が嫌いなのか。何に困っていて、何が得意なのか…と、質問をしていきます。そして、生徒が「自分の口から」やりたいことを真剣に語るようになるまで辛抱強く待っています。最終的に生徒が言った言葉に寄り添い、親として見守りながら、出しゃばらず、時には失敗を経験させつつも、最低限のサポートをします。しばらく時間が経ったらまた向き合い、向かいたい方向性への微調整をするためにまた話し合います。

僕が今までの教員人生で見てきた親子関係では、上記の2タイプのどちらともいました。そして、親子共々健康的で、納得のいく道を歩むことができるようになったのは後者のタイプのアプローチをした親でした。

発達障害の有る無しにかかわらず、どんな子供も魂レベルでは自分のことがよくわかっています。実は、親は子供の人生に過剰に介入しなくても、子供は自分で人生を切り拓いていけるだけの力が生まれつき備わっています。彼らが時に迷った時にそれを引き出すのが親や教師を含む大人の役目なのです。

あれこれと指示を出してやらせるのは親が頑張るだけの自己満足だし、本人の魂が決めていることを隠してしまうだけなのです。確かに、親としての使命感から手を出したくはなりますが、それは多くの場合、子供が既に知っている魂の生き方を見えにくくさせてしまいます。子供のためのはずですが、逆効果です。ちなみにそれは、子供のためではなく、自分の建前のためだから当然です。

先程も述べたように、子供は既に自分のあり様を「知って」います。大切なのは、それを引き出すこと。対話でもいいし、一緒に絵を描いたり、何かを作ったりするのもいいかもしれません。ハッキリとは現れず、小出しに出てくるからもどかしさを感じるかもしれません。ひょっとしたら、中々見えないかもしれません。それでも、忍耐強く接する機会を持つようにしてください。

自分から決めることが魂に沿ったものでない場合、子供はちゃんと自分で方向転換をします。その時はまた彼らが自分を見つめられるように、必要とされたら向き合うばいいのです。

子供と向き合うのが怖い場合は、まず自分と向き合うところから始めてみてください。

あれこれと手を出したい場合は、自分の子供時代に親からして欲しかったことを書き出してみてください。

投稿者: dragaliens

30代男性。元教師。 見えない世界に興味がある。 自分を癒やす旅を続けている。

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4件のコメント

  1. 今子どもが、不登校だから、すごくこの記事刺さります。
    自分と向き合う。結局これですね。
    私も後者の親になれるよう、失敗しながらもいい距離感を手探りで、探しながら、彼をサポートしたいなと思いました。
    いい記事をありがとうございます

    1. 牧井さん、コメントありがとうございます。今回の記事は入口こそ発達障害でしたが、不登校、引きこもり、学習障害など、親子が抱えやすい悩みの多くのパターンに当てはめて考えることができるような内容だったかもしれません(そう考えると、上の存在はそういったことも考慮した上でメッセージを送っているから、本当にすごいです)。
      息子さんとスピリットで繋がれる関係になれることを祈っています。

  2. 多かれ少なかれ、自身を含め、皆、発達障害の部分があるのではと思います。突出していても、環境に恵まれ適合すると個性と呼ばれる。それぞれのスピリットに従い、遠回りしても、そこへ向かうようにできているのに、自分に自信がもてず、いいのか?と気づくと自問自答してしまいます。

    1. ひろこさん、コメントありがとうございます。そうですね。人生というのは自然に魂が向かう方向へと流れていきますが、そこに気付けるかどうかだと思います。個性なのか障害なのか、あるいは問題なのか才能なのか。スピリットで生きるかどうかによって、見え方が180°違ってきます。

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