スピリチュアル・ジャンキー

このブログでは様々なヒーラーさんやセラピストさんの体験レポのようなものを記事にしていますし、自分でも不定期ですが鑑定をしています。

そういったことをしているからこそ、見えてくるものがあるのですが、それは「スピリチュアルは自分次第」ということです。

実は自分でも数年前まで勘違いしていました。「このヒーラーに見てもらえれば悩みが消える!」とか、「この霊能者だったら自分を助けてくれる!」とか、「このアイテムがあれば開運する!」と思い込んでいた時期があります。

その傾向が特に顕著に出ていたのは、うつ病の症状がやや小康状態になっていた時のこと。いつまで経っても良くならない症状や延々と繰り返される投薬治療にうんざりしていた頃でした。

鬱って、症状が深刻な時は無気力感やら重い身体症状のせいでそもそも何も出来ない状態なのですが、少し体調が回復してくると調子が良い時が出てきて(ただし、急に悪くなる時もあるのが恐ろしい)、その時に色々とやらかしてしまう人が多いのですが、僕の所謂「スピリチュアル・ジャンキー」が極端になったのはまさにその時でした。

西にいいヒーラーがいると聞けば西に行き、東にスピリチュアルイベントがあれば東に行き、あちこちの神社仏閣で神や仏にひたすらすがり、大量に開運グッズを買ったりしていました。

それでも症状は一向に良くならず、相変わらず心療内科に通っては効いているのか効いていないのかわからない薬をもらい(症状が出始めた最初の頃は効果を実感しましたが)、という生活。

そうなったらヤメておけばいいのに、「まだまだ足りないからだ」と、開運グッズや霊能者などに更にのめり込むようになりました。必死だったと思います。年収の3分の1はつぎ込んでいたんじゃないかな。

こうなってくると、もはや精神病の診断名は「うつ病」というよりも「スピリチュアル依存症」と呼んだ方が良いかもしれませんが、スピの趣味を心療内科の医師に伝えられることも出来ず(症状の悪化を疑われて、薬を増やされたくなかったんでしょうね)、かといって心療内科の受診もスピリチュアル・ジャンキーもやめられず、自分を見失ってしまったスピリチュアル・ジャンキー期間というのがありました。

そんな日々を続けていましたが、スピリチュアル・ジャンキーが止む一大イベントが起こります。

それは「一人暮らし」。

29歳のとある時期、知り合いから週に一回専門学校で教える仕事を頼まれました。しかし、その時には既に今の学校で専任が確定していました。それでも知り合いの面子を潰すわけにもいかず、しかも勤務校に対する奉仕義務もあるということで、泣く泣く勤務校での毎週水曜日の休み(研究日)を専門学校での授業日に充てたのです。

結果として超多忙となり、日曜日は勤務校と専門学校の授業準備や採点、部活動の引率などで無くなってしまい、せめて睡眠時間を確保したいという思いもあり、実家を出て一人暮らしをすることを決意しました。

実は大学院生のときも寮で一人暮らしをしていた経験があるのでやや甘く考えていた節があったのですが、実際に一人暮らしをやってみると大変なことの連続でした。それもそうで、安全な大学指定の寮ではなく普通のアパートとなれば大変です。契約から家具の購入、組み立て、電気・ガス・水道の依頼、ご近所さんとのかかわり方、違う地区の特殊なゴミ出し方法…全てが未知の世界すぎて、最初の3ヶ月はとにかく必死でした。

一人暮らしをしたことがある人ならわかるとは思いますが、自分の生活の責任は自分で負わなければいけません。これは実家暮らしでも同棲でもどんな状況でも言えることではありますが、一人暮らしをしているとそれが顕著になります。

そう、一人暮らしを始めたことで、「自分に対する責任は自分が負っているんだ」ということがわかったんです。

今までは、「自分の責任」とはわかっていても、「あいつのせいだ」とか「あれが無ければ」と、他者を責めることで安心している自分がいたんですね。

でも、一人暮らしによって気付いたのが、自分の人生の責任は自分が負っている。つまり、自分を幸せにするのも自分次第だし、不幸にするのも自分次第、ということがわかったんです。

不幸が起こったときは他人のせい、幸せになったときは自分が偉いから…ということは全くなく、不幸も幸せも全て自分が引き起こしていることなのです。たとえそれが悲惨な事件や事故であったとしても、です。多くの方々に命の大切さを伝えるために悲惨な事故にあえて遭うように決める魂もあります。あるいは、前世で人から命をかけて助けられた人なら、今世で命をかけて誰かを助けようとするでしょう。

「自分の人生は自分次第」。当時、スピ系の本で何度も目にして頭では理解していたのですが、深い部分で「実感」をしていなかったようです。しかし、一人暮らしを通じてそれを体感することで、自分の中で深い気付きを得たのだと思います。

「自分の人生は自分次第」。だからこそ、どんなに偉大で力強いヒーラーさんやライトワーカーさんでも、我々を幸せにしてくれることはありません。幸せに向かうための補助はしてくれるとは思いますが、最終的にそこには自力で向かうのです。

スピリチュアルを使うな、と言っているわけではなく、かかわり方を間違えないでほしいのです。例えば、セミナーやセッションを受けるだけで満足せずに、必ず行動をして自分の望む方向に進んでいってほしいのです。

思えば、僕もスピリチュアル・ジャンキー時代はセッションを受けるだけで満足していたように思います。でも、それだけではダメなんですね。セッションも大事ですが、同じくらい大切なのは受けた後に「どう行動するか」ということだったのです。

そこに気付くことができたからでしょうか。気付いて以降はセッションやセミナーの内容を十分に実感でき、内容を実生活に応用していこうとすることで自分にとって不必要なスピリチュアルにあまり目がいかなくなり、結果的にあの頃に比べてお金も回りやすくなった気がします。自分にとって必要なものを見分けて、正当なお金を使うことができるようになったのでしょう。

繰り返します。

ヒーラーさんやライトワーカーさんはあなたを幸せにしてくれることはありません。補助はしてくれますが、最終的に自分を幸せにしてくれるのは自分しかいません。どんなセミナーでも、どんなセッションでも、その効果を実感できるのはその後の自分の行動次第なのです。

投稿者: dragaliens

30代男性。元教師。 見えない世界に興味がある。 自分を癒やす旅を続けている。

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8件のコメント

  1. 肝に命じます。竜や、ペガサスなどなど開運グッズにもおはようって挨拶したり、話しかけているので、なかなかさよならすることはできず。たまに置いてること忘れてるんですけどね(^○^)。
    スピリチュアルだけでなく、心理学的なこと、三次元的には弁護士に相談。かつ自分で行動ですね。今、感じているのは携帯依存かな?と思いますので、ルール決めておかないと、三次元で生きていく力もつけなければ。いつもありがとうございます。はとさんがSkypeとかされるのであれば、いつかお願いしたいなぁと思います。

    1. コメントありがとうございます。スピリチュアルはあくまでも一つの側面ですよね。物事を多角的、つまり、法律面、心理面、経済面、科学面…など様々な角度から見ることができて、その角度のうちの一つに霊的な側面を入れるくらいがちょうどいいのかな、とも思います。こんな記事を書いてはいますが、自分でも出来ていないことがあると思い、自戒のために記事にしました。ご提案ありがとうございます。Skypeを使った遠隔でのセッションも実現できるようにしていきたいです。

  2. 私も20代前半に混沌とした時代がありました。鬱の手前(多分鬱だったんだと思います)の状態で日々もがいていました。鬱と認めたくなかった。その当時は周りの環境や生まれた環境のせいにして生きていたと思います。「誰かに何とかしてもらいたい」と思っていて、人と自分を比べては妬んだり、自分を責めていました。でも、はとさんと同じ様に「全ては自分が選んだ事」に気付きます。過去の選択の連続が今の結果を作っていて、自分が引き起こしているんだと言う事に。それからは今の自分の中に揺るがない一本の芯が出来、精神が安定しました。気付いた事はとても大きな事でした。長いですね、すみません(笑)いつもありがとうございます。

    1. スピさん、こんにちは。コメント読んで、胸にささりました。今の自分の状態は自分の引き起こしたもの。でも怖くて、さらにどうしたら良いかわからなくて行動できない自分もいます。週明け、それでも勇気を出して変わろう、言動してみようと思っていました。
      ネガティブな自分も、自己防衛機能が働きすぎなんだ、いいんじゃない人間らしくてと、少し俯瞰するようにすると、気持ちは楽です。しかし、一本の芯なるものがないということをコメントを見て気づきました。そこで初めて卒業できるのかと気づかせてくれてありがとうございます。

      1. 来ていただいた方同士で交流をしていただきありがとうございます。横入りして申し訳ございません。芯、つまり自分軸のことですね。誰にも振り回されないし、かといって頑固ではない、自分の足で立って考えて行動できる自分を持つというには必要なことですね。

      2. ひろこさん、ご返信ありがとうございます*はとさんのブログでこうやって話す事も、何かご縁があったのかも知れませんね。(はとさん、コメントスペースお借りしてすみません)
        はとさんが言われている様に、あの時の私は自分軸が出来たんだと思います。以前は何かを判断する時、他人軸でした。他人の目を気にしていたんです、顔色を伺っていました。でも気付いたんです。
        「自分軸で行動した私を嫌う人間」に好かれても嬉しくないし、嫌われてもなんの問題も無い事に。
        それこそ、例の本「嫌われる勇気」です。周りに迷惑を掛けさえしなければ、自分の思う通りにやって良いんですよね。
        例えるなら、二次会に誘われてNOという強さ、です(笑)

      3. 自分軸で生き始めると、最初のうちは他の人の視線や反応が気になって仕方がないですよね。でも周りの自分軸で生きている人に聞いてみたら、周りからの批判やバッシングは予想よりも少なかったという人が多かったです。意外と自分の批判をするのは自分だけなのかもしれないですね。

    2. 我々はつい周りのせいにしたがりますが、全ては自分が引き起こしていて、なおかつ全ては自分の中で起きている、ということが分かるとだいぶ生きやすくなりますよね。混沌の時代、わかります。それは確かに辛いけれど、経験することで大きく成長もできるんですよね。

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