勝ち負けの向こう側

昨日、この記事を書きかけていたのですが、うまくまとまらないのと、この時期にセンシティブな内容になるのではと思って削除してしまったんですが、どうやらこれを書く必要があるみたいなので書いていきます。

「コロナに勝つ」と「負けない」という表現をたびたび目にしていますが、上の存在的には「共に生きる」というのが波動が高い言葉のようです。

というのも、勝ち負けというのはただ繰り返すだけで、永遠とループを続けていくもので、まさにそれは人間が戦争や社会活動で長い歴史の中繰り返し続けていることで、終わりがないからです。

ただ、終わりがないのはそこには魂が体験したいという理由があるからで、これまでは「学び」としての勝ち負けを人間は経験してきました。でも、人類はその経験も十分学びきりました。

ここいらで、「勝ち負け」の向こう側にあるもの、「共生」という時代に移っていくことが最近のコロナ関係の混乱に心を乱されないための考え方なのかもしれません。

それは「コロナと共に生きる」という意味でもあり、ちょっと陳腐でありきたりですが「周囲の人々と助け合って生きる」といったことでもあり、「地球と共に生きる」という宇宙的な考えでもあります。

ここで勘違いしていただきたくないのは、例えばどこかの小学校で運動会のかけっこで順位をつけない、というようなことではありません。ここもやはりバランスで、「自分の限界にチャレンジしたい」といった健全な向上心に基づいた勝負というのはあっていいと思います。

だけど、「相手を打ち負かしてやろう」というような一方的な考え方は、「勝ち」を意識した時点で「負け」が存在することになってループしてしまいますし、勝とうとすることで相手の力を強くしてしまって負けからの勝敗ループにこれまたはまってしまいます。そして何より、「相手とは鏡に映った自分」なので、相手を倒すということは自分を倒すことになるのです。

共に生きるために歩み寄り、お互いのエネルギーでお互いを包み込む。そんな生き方を上の方々も望んでいますが、実は地球人の魂もずっと望んでいることなのです。

投稿者: dragaliens

30代男性。元教師。 見えない世界に興味がある。 自分を癒やす旅を続けている。

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6件のコメント

  1. 共存の世界。ワンネスとよく聞きます。コロナと共に生きることが求められているのだと思いますが。考えさせられます。

    1. コロナと共に生きるなんて今のご時世あまり大声では言えませんが、戦うのではなく共に生きる道を選ぶことが上の存在的には癒しにつながるらしいです。

  2. コロナでなくなる人の話を聞くと、やっぱり悲しくなりますよね。共存の意識を持ちながらも、免疫力の弱い人や、持病のある人には、ワクチンや薬が出来るまでは近づかないでねと言いたいです。

    1. 亡くなっている方もいるからこそ、この記事は実は書くのをためらいました。でも大切なメッセージだと思ったので投稿した次第です。

  3. 本意は伝わります。そして、伝わっていると思いますm(_ _)m。

    1. 伝え方ってすごく難しいですよね。自分の意図とは違った意味で伝わってしまうこともよくあるので、慎重になります。

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