昨日の記事ではご心配をおかけしました。あれから自分を見つめなおす作業と気分転換を繰り返し、今日のお昼頃には気分が上向いてきました。
詳しいことはいずれ書く機会があったら書く予定ですが、大まかな内容としては仕事のことです。スピ関係や教師の仕事ではありません。
自分の実力が至らないことが悔しかったのかもしれません。その気持ちに引き摺られて、過去に放置したままでいた色々な感情が一気に押し寄せてきました。
今は、気づけてよかった、と思っています。
こうやって、何かのキッカケで色々な(主にネガティブな)感情が芋づる式で出てくるときって、何か一つの「記憶」に辿り着くんですよね。これは以前に、吉田えりなさんや宇佐美敬子さんのSpiritual Anatomy サイキックカウンセリングでも実感したことです。
カウンセラーの方に誘導してやってもらうと簡単に見つかることが多いのですが、一人でやるとあれこれと堂々巡りをすることもあり、なかなか難しい時もあります。しかもどんどん嫌な思い出が発掘されるので、なかなかの荒療治だから正直あまりやりたくない気持ちもあったり。
それでも「なんでそう思うんだろう」とか、「どうしてそう感じるのだろう」と自分に質問することで、小さい頃に置いてけぼりだった感情につながることができたときは、何とも言えない気持ちになります。感動とか涙が出る、というよりも、「あ、なんだ、そうか!」というような感じです。
そして、癒しは一瞬にして起こるんですね。これ、いつも不思議なんですよ。あんだけ苦しんでいたのに、一瞬で癒されるっていうのが本当に魔法みたいで。しかも、今まで嫌な思い出だったものが、「気づき」へと至るための大切な経験として認識できるようになるのも不思議です。
そう考えると、やはり最終的に自分を癒せるのは自分しかいないんだ、という考えになるんですね。自分で置いてきた感情なんだから、自分で回収する、という意味もあります。
ヒーラーさんやライトワーカーさんに補助をしてもらうこともありますが、いくら補助されても「自分で気づきたい」という気持ちがないとあまり意味を成さないこともあります。
と、ここまで書いて、このブログがSelf-healing Pilgrimage「自己治癒の巡礼」ということを思い出しました。結局、僕も自分のことをなんとかしたかったんですね。
そうか、「自分で自分を癒す方法をブログで発信する」というメッセージが頭をよぎりました。次のエネルギーワークはこれですね。
良かったです。(T^T)
自分で癒すの境地には、至ってません。私もそうできたらいいなぁ。
境地に至ったとしても、そこからまた離れたり、そして至ったり…と繰り返すのが人間だと思います。それでも少しずつ近づいているのでしょう。