記憶の再評価のススメ

個人的には浄化作用がとても高いと思っているワークが、表題にもある「記憶の再評価」です。

ここで言う記憶とは、トラウマだったり、思い出すのも嫌な出来事だったり、どん底と呼べるような地獄を味わったりした思い出のことです。

人生で無駄なことは一つとして起こりません。すべてに意味があり、魂の成長のために起こっています。

とはいえ、現実世界を生きている我々の三次元の脳内では、「でもあの時に金銭的に大損害を被ったしなぁ」とか、「あの出来事がなければ幸せだったのに」と、どうしてもただの「悪い経験だった」としか捉えることができません。思い出すのも嫌になって、結局見つめられずに終わってしまうこともよくあると思います。

目を向けないと、日々の生活でそのことに気づかせるために、色々なことが起こります。この場合の色々なことというのは、気づかせるために起こっているので、人間関係のトラブルや金銭面の困窮といったなかなかハードなものであることが多いです。

そこで「あいつのせいだ!」とか、「お金がない!」と外の現象に反応をしていると、無限ループにはまってしまうのですね。

ひょっとしたら、上司との折り合いの悪さは、子供のときに親から言われた何気ない一言が原因だったのかもしれません。ひょっとしたら恋人がいつまでもできないのは、小さい頃に仲が良かった友達から突然裏切られえたからかもしれません。

日常で「いやだなぁ」とか「生きづらいなぁ」と感じることには実は過去の記憶が紐づけられていて、それと向き合うことで現実を変えていくのです。外側を変えるのではなく、自分の内側を変えることで、逆説的ですが、世界は変わるのです。

その向き合うときの良い方法の一つが、最初に言った「記憶の再評価」です。

その出来事が起こったときは感情の揺れ幅が大きかったり、目の前のことに対処をすることに必死だったりして、全体を俯瞰して見ることはほぼ不可能かもしれません。交通事故にあっているときに一歩引いた目線で考えることなんて、できないですよね。まずは救急車と警察です。

でも、それから3年、5年、10年と長く年月が経ってから振り返ってみると、どうでしょうか。完全に嫌な出来事だったとしても、何か得たもの、何か気づいたことなどがあるはずです。

倒産したばかりの頃は絶望していても、十分な時間が経った後なら、そこから資産運用のノウハウを知ることができたという教訓があったと思えるかもしれません。精神的な病気で苦しんだとしても、一定の時間が経てば、同じく苦しんでいる人の気持ちがわかるようになり、それがカウンセラーを目指すきっかけになるかもしれません。周りに迷惑をかけて、逃げるように転職をして、自己嫌悪に陥ったとしても、その後の転職先で天職に出会えるかもしれません。

どんな記憶にも善悪はありません。人間の脳が勝手に善悪を決めているだけです。ある時点で客観視して、「必要な出来事だった」という気づきを得ることで、記憶には善悪を越えた「意味」が加わるのです。

このワークをする上で重要なのは、「その記憶が遠い過去の出来事」で、それに関連する後遺症(裁判だったら終わっていることとか、病気だったら完治あるいは寛解していること等)が収束あるいは収束の方向に向かっていることが条件になることです。そのため、直近の記憶では向き合おうとしても問題が現在進行形で起こっていて無理なものもあるはずです。

だからこそ、20年前、30年前、あるいは40年前….などの小さい頃の記憶が取り組みやすいのです。そして、その頃に植え付けられたトラウマや辛い記憶も、大人となった今なら冷静に、全体を見通せる遥か高い視点から見ることが可能な場合が多いはずです。また、先ほども言ったように、日常での人間関係の難しさや金銭問題など、今の生活で感じる困難の多くは幼少期の記憶の囚われによるものが多いので、遡っていくのは大変かもしれませんが、直面している問題と確実にリンクさせることができるます。

見つめることができなかった記憶、見て見ぬふりをしていた記憶、すっかり忘れてしまっていたような記憶など、取り組んでみると色々と芋づる式に出てくるはずです。それらを丁寧に振り返ってあげることで、自分の人生に大きな意味があることに気づき始めるのです。

投稿者: dragaliens

30代男性。元教師。 見えない世界に興味がある。 自分を癒やす旅を続けている。

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