匂いのお話 前編

霊的な世界を感じ取るための第六感は、五感の延長とされています。

見る感覚が強い人はオーラや霊魂などを視る、聴覚が鋭い人は守護霊などからのメッセージが頭に響いてくるなどですね。これは物理的な強さや鋭さとは別物で、視力がいいから霊が見えるとか、絶対音感があるから霊的な音をキャッチするということでは必ずしもありません(多少の因果関係はありますが)。現に、生まれつき目が見えないクレアボヤント(千里眼)もいます。

そして人間には五感全てが備わっていて、それぞれの感覚の強さは人によって異なっています。各感覚の第六感も人によって違いがあり、例えば僕だと、触感がとても強くて、その次が聴力、視力と味覚、最後に嗅覚といった感じです。ちなみに僕はよく鼻が詰まることがあります。花粉症の時期なんか最悪です。

今日はそんな、僕があまり霊的な感覚が自分でも薄いなぁと思っている嗅覚の話です。薄いのですが、体験としては強烈なものでした。

【臨終時の花の香り】

僕は今までの人生で、二回臨終の場面に立ち会っています。祖父と父の臨終です。祖父が亡くなったときに起きた不思議な話はコチラで記事にもしています。

祖父が亡くなった正にその時、そして父が亡くなった正にその時、花の香りがしたんです。

始めてそれに気づいたのは祖父が亡くなったとき。病院の病室に花も花のりがするようなスプレーもありませんでした。薬品の匂いが少ししたくらいでした。それなのに、亡くなったらすぐに花の香りがしたのです。花畑にいるかのように、はっきりとした良い香りでした。

父はホスピスで亡くなったのですが、その時にも花の香りがしました。部屋には花瓶に生けた花(お見舞いに来た人からいただいたもの)があり、その花瓶から漂っているのかと思っていたんです。でも、部屋中に花の匂いが充満していて、正に花畑にいるかのような感じがしました。花瓶の数本の花が部屋中にはっきりとわかる匂いで充満するって、なかなか無いよなぁ、と後になって改めて思いました。

身内の臨終時以外にも花の匂いを突然感じたことがあります。

それは僕が最初に務めた学校で教師をしていたときのこと。帰宅しようと思って駅に着いたら、駅には多くの人だかりが。どうやら人が線路に立ち入って人身事故が起こったらしく、運行がストップしているとのことでした。

駅で同じく立ち往生していた年上の先生と話し、タクシーを拾ってほかの動いている路線と合流する駅まで行くことにしました。タクシーで移動を始めてすぐ、線路沿いを走っていたときにふと線路の方をみると、ブルーシートがかけられているところと警察らしき人々がいるのを見ました。その瞬間、突然の足の痛みが襲ってきて、その直後に花の香りがタクシーの車内に漂ってきたのです。でも、その時の花の香りは父や祖父の臨終のときとは違い、あまり良い香りではなかったような記憶があります。ちょっと草っぽいというか。

その話を同じタクシー内にいた先生(スピに理解がある方)に話したら、「人が亡くなるときに香りがすることがあるという話が日本霊異記(にほんりょういき)にある」とおしえてくれたのです。ちなみにこの先生は国語(古文)の担当だったので、そういったことにも詳しかったのだと思います。

その後調べてみると、やはり日本霊異記に「屍に異香有りて馥れり。」という記述がありました。これはつまり、「遺体から普通と異なる良い香りがした」ということです。

これは個人的な解釈ですが、よく人々が思い描く「あの世」のイメージって三途の川だったり、お花畑だったりといったものがありますが、ひょっとしたら、亡くなった人の「あの世=花畑」というイメージを臨終に立ち会った僕がいつの間にか共有していたのかもしれません。最期を看取る時って、亡くなる人のあの世のチャンネルと繋がりやすくなるのかもしれません。病院関係者の方に霊体験が多いのも患者さんを看取る機会が多いことが関係しているのかもしれませんね。

3つ目の人身事故のときのものに関しては謎の足の痛みもあったのでちょっと違うかもしれませんが、身内の臨終に関しては、まさに日本霊異記の記述の通りだと思わずにはいられません。すごく良い香りでした。

後編へ続きます。

投稿者: dragaliens

30代男性。元教師。 見えない世界に興味がある。 自分を癒やす旅を続けている。

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