先祖供養について思うこと

ここ数日間、懐かしい人たちからの連絡が次々と来ます。メール、LINE、Messenger…等、媒体は様々ですが、御無沙汰している方々からの連絡が多いです。

半年ぶりな人もいれば、かれこれ3,4年くらい会っていない人もいます。中には仕事のお話をしてくださる人もいてありがたいです。

明日からお彼岸ですね。僕は明日が鑑定なので、今日のうちにお墓参りをしてきました。突然の大雨が来ないかヒヤヒヤしていましたが、なんとか小雨のうちに終えることができました。

今日の関東は暑いですね。暑さ寒さも彼岸までと言いますが、明日からは涼しくなるのでしょうか。

お墓参りをすると、いつも先祖供養のことに関して考えさせられます。

時代の変化と共に、価値観も変化しています。今ではお墓を持つ人というのも少なくなってきているらしく、樹木葬(木の下に埋葬する)も増えているという話を聞いたことがあります。

お寺に関しても、後継ぎ問題や経営面の問題(お布施だけでは厳しい)もあるとのこと。最近ではネットでお坊さんをお葬式に派遣してくれるサービスもあるらしいです。お寺さんとの関係を続けることに苦しさを感じる檀家さんにとっては、すごく良いシステムかもしれません。

僕が先祖供養のことを考えるときによく思い出すのが、宜保愛子さん。80年代後半から90年代に活躍された霊能者ですね。宜保さんは「豪華なお仏壇は必要ない。ご先祖様を供養する心と、最低限の道具(ロウソク、線香、お供え物、位牌)があれば十分です」と仰っていました。

当時、「先祖の祟りが~」とか「水子の怨霊が~」といった脅しともいえるような霊感商法が蔓延していましたが、それに対して宜保さんは「先祖が子孫を祟るなどありえない。いつも応援してくれている」とか「水子にはお茶の代わりにミルクをお供えするといいですよ」、などと相談者の方に諭していたのを覚えています(それがどうやら一部の業者や団体から反感を買うきっかけになった、とも聞いたことがあります)。

宜保さんに対して、その言動を疑問視する声や批判は当時も今もありますが、先祖供養に関して言えば、すごく大切なことを説かれているなぁと思っています。勿論、ケチるのも問題ですが、無理をしたり見栄を張ったりして生活が苦しくなる、あるいは自分の子供たちにお墓の管理などの負担を押し付けてしまうのも考え物ですよね。

「先祖供養は真心をこめたものを、自分が無理なくできる範囲で」というのが一番なのかもしれません。

投稿者: dragaliens

30代男性。元教師。 見えない世界に興味がある。 自分を癒やす旅を続けている。

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