誤魔化しがきかない世界 後編

前回の記事の続きです。

自分の中で誤魔化しがあると病気や事故になったりする、ということに触れましたが、鋭い方なら思ったかもしれませんが、新型コロナウィルスに関しても実はその要素があるのでは、と思わずにはいられません。

新型コロナウィルス感染症拡大防止の対策として多くの国々で都市や町の封鎖措置(ロックダウン)が行われました。日本は完全なロックダウンはしなかったものの、移動や活動等の自粛が求められ、結果的にはマイルドロックダウンのような形になりました。

ステイホーム期間があったことによって、大変な思いをされた方も多いと思います。失業した人、廃業した人、精神的に追い込まれた人、それこそコロナウィルスに感染した人、医療従事者の方々。

その一方で、ステイホーム期間が自分を見つめる時間になった人も大勢いるはずです。普段忙しく仕事をしている人も、仕事が減ったり、あるいは在宅ワークになったりで、自分のことを考える余裕が生まれたでしょう。また、普段ならスルーしていたようなことに目を向ける機会も多くなったはずです。

それがたとえ、同居している家族にストレスを覚えたといった一見ネガティブなことのように思えても、普段仕事に行って家族と離れられることが実はとてもありがたいことだったと気付けるチャンス、と考えることもできます。

誤解を招く恐れがある表現かもしれませんが、新型コロナウィルスは人々に気づきを与える存在と見ることもできるのです。これをきっかけとして、本当の自分に気付く。心から自分がやりたかったこと、送りたかった人生、やってみたかったことに目を向ける機会を多くの人が得たとも思えてならないのです。

勿論、その一方で災厄という側面が存在していることも確かです。感染者数も増加しているし、死者も出ています。経済も下降ぎみで、エンタメや観光業界も大ダメージを受けています。そういった状況を無視するつもりもないですし、医療現場で働かれている医療従事者の方々には頭が上がらない思いです。あくまでもそういった見方もある、という話です。

自分を誤魔化さなければ新型コロナウィルスにかからないか、というと、それはそれで極論(というか暴論)のように聞こえてしまいます。正しい部分は多少なりともあるかもしれませんが、やはり感染予防のために健康的で衛生的な生活をすることも必要です。かといって自分を抑えすぎると、それが不調のきっかけになることもあるのでなんとも言えません。結局のところバランスをとることなのでしょう。

話を元に戻すと、新型コロナウィルスというのは、どこか「誤魔化しがきかない世界」への流れの一環として起こっていると感じています。コロナだけではなく、それこそこの十数年の天変地異、デモ、紛争、国家間の摩擦などもその流れに組み込まれているように思えてきます。そういったことが起きたとき、人々は自分の中にある霊的な部分に触れているのです。

世界の終わりのように思えてくるかもしれません。でも個人的には霊的な方向に向かっていると思えてなりません。甘い考えかもしれませんが、それが正直な気持ちです。

投稿者: dragaliens

30代男性。元教師。 見えない世界に興味がある。 自分を癒やす旅を続けている。

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