浄化と癒しの旅 天河後編

前回の記事の続きです。

蕎麦屋でのランチ終了後、10分程で天川村にある龍泉寺に到着しました。

この旅行を計画していた時には龍泉寺に行く予定はなかったのですが、橿原神宮前駅で集合しているときにMさんが、「せっかくだから近くにある龍泉寺に行きませんか」と提案してくれたのです。実際に地理を見てみたら、車で10分~15分くらいの距離だったので行くことにしました。

龍泉寺は真言宗醍醐派のお寺。弘法大師関連ということで、図らずとも空海関連のお寺に引き寄せられている感じがします。1枚目の写真にも書いてある通り、ここでは「八大龍王」を祀っており、修験道の祖と言われている役行者(えんのぎょうじゃ)が開いたお寺でもあります。

平日の昼、しかも山奥のお寺ということもあり、参拝客はほとんどいませんでした。

お寺の敷地内には「なで石」が置かれていて、看板にも書いてある通り、叶う願い事の場合は上げることができ、そうでない場合はできないという石です。重さ的には上は女性用、下は男性用っぽかったです。試しに全員でチャレンジしてみたのですが、僕の場合は、「エネルギーをつなげる仕事」に関する願い事を言って持ち上げてみたら、下の石がすんなりと持ち上がりました。実は願い事をせずに下の石を普通に持ち上げることも出来たのですが、その時よりも「ヒョイ」っという感じで簡単に上まで上がったのが不思議でした。

お寺のご本尊は弥勒菩薩でした。不動明王なども祀られていたので、それぞれの真言をあげてお参りをしました。

お寺の御朱印をいただいた後は、寺院内にある池に移動。残念ながら写真を撮るのを忘れていたので画像は無いのですが、山の中にある自然の水なので、エネルギーに満ちていました。

龍王殿の方でお参りも終えて、じゃあ天河神社に移動しようかと思ったとき、ふとYさんから、

「この先の坂の上に行ってみようよ」

との提案が。確かに、天河神社の一般参拝開始時間まではもう少し時間があるので、坂を上ってみることに。

坂を上ろうとした瞬間、坂の上の方から僕たちがいる龍王殿の方まで風が吹き始めたのです。「これって呼ばれているよね…」と全員で話しながら坂を上っていくと、風の音に交じって水の音が。坂の上に到着して、その正体が判明。なんと、滝があったのです。

役行者が開いたお寺なだけあって、ここはどうやら滝行のための場所のようでした。不動明王が祀られていて、しかも画像の左下の方にも小さく見えるのですが、龍も祀られていました。以前にもコチラの記事で不動明王と龍の関連性について書いたのですが、やはり不動明王と龍はイコールなのかな、と改めて感じました。

ここではKさんに龍が入ってきてしまい、クルクル回ったり近くの壁や木の方に移動したりしていました。龍とつながりやすい場所なのかもしれません。

実はここで僕も不思議な体験を一つしたのですが、滝の下にある泉に手を突っ込んでみても、最初の数秒間はまったく冷たくなかったのです。徐々に冷たさが伝わってきて、30秒くらい手をつけていました。他の3人は冷たさですぐに手をどけたのに。

そして更に手を泉から話した後、手が冷えてくるのかなぁ、と思ったら逆に熱をもち始めて暖かくなってきたのです。他の人は冷たくなっていたのに、一人だけ暖かくなっていました。不動明王や龍のエネルギーがあの滝の泉で入ってきたのかもしれません。

滝を後にして車に戻り、一路、天河神社へ。

神社の駐車場に車を停めて社務所を通って境内に向かって歩いていたら、どこからともなく、またあの法螺貝の音色が。

なんと、またしてもあの行列に出くわしたのです!この時は式典が終わった後なので、会場から引き上げるときの行列でした。

2回も良いタイミングで行列に遭遇するなんて、これって偶然にしては出来すぎているし、絶対お呼ばれされてるよね…と4人で話したのを覚えています。

神社に来るときって、たまに歓迎されることってあります。雨が急に降るとか、風が吹くとか、ちょうどよくご祈祷が始まるとか…色々とありますが、偶然にも天河神社に来たら法螺貝の演奏と行列に遭遇し、しかも2回もそれを見るという、もはや大歓迎と呼んでもいいようなウェルカム具合でした。

ちなみにこの式典は「宇賀神王浴酒神事」というものらしく、年末に行われる行事とのこと。宇賀神は弁財天の頭の上に乗っかっている、おじさんの顔をした白蛇というなんともエキセントリックな姿をした神様のこと。白蛇というあたりに三輪山とのご縁を感じます。

ただ、行列が出たばかりで本殿の片づけがまだあるらしく、中に入ることはできなかったので、少し離れた禊殿(みそぎでん)の方にお参りに行くことに。

ここには左右に岩が祀られています。手を近づけてみるとほんのり暖かい場所もあれば、ひんやりとするところもあるという、なんとも不思議な岩でした。

この付近で採れる岩は独特な赤い色を帯びた岩石が多いのが特徴。

そして遂に、色々と回り道をしながらも、天河大弁財天社(天河神社)の参拝をすることができました!

本殿の中はまだ式典の後片付けが残っていたようで、邪魔をしないように手早く参拝をさせていただきました。

幸運だったのは、片付けがまだ途中ということで、普段は見られないご神体のような祭壇のようなものをチラッとですが拝見することができたのです。本来は式典の予約をしている人しか見られないものだったのですが、運がいいことに見ることが出来たのです。天河神社の神様のサービス精神が嬉しいです。

役行者堂にも行きました。空から降ってきたとされる(隕石?)岩が祀られており、ここの岩も禊殿のものと同様、手を近づけてみると暖かさを感じました。

前回の記事で書き忘れていたのですが、最初に天河神社に来たときに大銀杏の木も見に行きました。ゼロ地場と言われています。そしてこれは後で知ったことなのですが、どうやらこの大銀杏は空海が手植えしたとされているようです。

最後に五社殿の参拝を済ませ、三輪の定宿に向かいました。

宿に向かう車内でも色々と話をしたのですが、やはり天河神社の神様からの歓迎からの、龍泉寺での体験、そしてその流れでの天河神社での二回目の歓迎…という上の存在の計らいに関しては本当に不思議だったという話がメインでした。

ひょっとしたら、龍泉寺の滝でチャージしたエネルギーが天河神社に必要だったからお使いをさせられてたのかもね、という話に(実はお宿でも必要だったのが後に分かるのですが、それはまた次回の記事で)。神様からのお使いは僕も何度かした経験はあるのですが、正にしている最中はそれがお使いということに気付かない場合が多いです。後になって「そういえば」と気づくパターンですね。今回もそうだったのかもしれません。

よくよく考えてみれば、かつて役行者をはじめとした修験者や山伏がはるか昔から修行のために駆けまわっていたのが天川エリアです(吉野や和歌山の高野山の一帯もそうです)。そこに点在する神社や寺院は宗教や宗派を超えて、本質的な部分では同じ役割があるのかもしれません。実際、今回の式典では神主さんだけでなく、お坊さんや山伏さんもいて、昔の神仏習合の時代の信仰を彷彿とさせます。

天川一帯の神社仏閣は、その宗教や宗派の違いはあるけれども、「他者との和合、自然(地球)との共鳴、宇宙との調和」を信仰のベースとしているという印象でした。まさに天地人(天:宇宙、地:地球・自然、人:人間)ですね。その信仰の表現の仕方が、神道であり、修験道であり、仏教であるので見え方は違いますが、根本では同じなのです。

それって正に今の時代に求められる感覚だよなぁ、となんだか昔の人に教えられたような気がします。

浄化と癒しの旅 お宿編に続く。

投稿者: dragaliens

30代男性。元教師。 見えない世界に興味がある。 自分を癒やす旅を続けている。

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