思い切るということ

今回はコチラの記事で書いた先祖供養の続報から。

花の水を換えて、線香を立てて、般若心経を読んでということをほぼ毎日行っているのですが、般若心経を呼んでいる際に気になることが最近起きています。

というのも、般若心経を唱えていると、位牌の傍に不動明王が現れて炎で何か(恐らく邪念)を燃やし尽くしていたり、阿弥陀如来や薬師如来の姿が出てきたりしています。

またある時は苦悶の表情の人が出てきて柔らかな表情に変化する、といった現象が出たこともあります。

最初の頃は般若心経を目で追いながら唱えていたのですが、覚えてくるようになったので簡易仏壇の方を見ながら唱えるスタイルに変わりました。変えてから数日後くらい経った頃でしょうか。先述したようなイメージが見えてきたのです。般若心経がほぼオートマチックに読めるようになって余裕のようなものが生まれ、今まで気づかなかった現象に注意がいくようになったのでしょう。

個人的な考えになりますが、恐らく先祖供養がうまくいっているのかもしれません。ここのところ体調面や仕事面など全般的に調子が良いので、先祖供養をすることでご先祖様も自分自身も楽になっているのだと思います。昨年、島津さんのところに相談に行った際に同じようなことを島津さんは仰っていたのですが、今まさにそれを実感しています。

とはいえ、まだまだ供養が必要な部分があることも実感していますので、今後もマイペースに続けていこうと思っています。

先祖供養を始める前は、正直「面倒くさそう」とか「気乗りしないなぁ」等と思っていた時期もあります。実際、三つ倶足を買ってから2ヶ月くらい経ってやっと始めたくらいですからね。でも、2月のあの時に思い切ってよかった、と今では思っています。

投稿者: dragaliens

30代男性。元教師。 見えない世界に興味がある。 自分を癒やす旅を続けている。

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