3年だけ生きてみよう

本編に入る前にお知らせから。

Naniyaさんのブログで5月~6月の鑑定の募集を開始しました。本業の気ままなリモートワークの合間に鑑定をします!平日休みの方向けに平日の午前枠、働いている方のための夜間枠、そして休日枠という3種類の枠を取り揃えています。

詳細はNaniyaさんのブログのコチラの記事からどうぞ。

最初に言っておきます。今回はやや暗い話です。エロ・グロは無いです。昨夜布団でまどろんでいたときに、ふと思い出したことです。普段はこういったことは寝て次の日には夢みたいに忘れているのですが、なぜか今回は覚えていたので記事にします。

以前にもチラッとお話したことがあるのですが、僕は以前にうつ病で心療内科に通っていた時期がありました。ちなみに何年も前に既に寛解しています。

毎日の残業、不慣れな業務、部活で潰れる休日、一部の教師からのパワハラ、一部の保護者からのモラハラ…等によって心身共にボロボロになっていた時期がありました。今でも覚えているのが、産業医の先生に言われた「このままではあなたは過労死しますよ」という言葉。

そして仲の良かった非常勤の先生に心療内科の受診を勧められて、そこのお医者さんから抗うつ剤と睡眠薬を処方されました。薬を変えながら、量を増やしながら、だましだまし働いていましたが、やはり限界はきました。

死にたくなったのです。

ある時、駅のホームに立っていたと思ったら、次の瞬間、ホームのベンチに座っていたことがありました。電車に乗ろうとしたのに、なぜか乗らずに、いつの間にか座っている。つまり部分的に記憶が飛んでいたのです。乗るつもりの電車が近づいて、停車して、発車するところの記憶が一切なく、気づいたらベンチに座っているという状態でした。

恐ろしくなりました。

うつ病の人って、「常に死にたい、死にたい」と思うかというと必ずしもそうではなく、どこか冷静な自分もいるんです(勿論、そうでない人もいます)。「死ぬとか何バカなことを言っているんだ」とか、「そんなことをしたら家族が悲しむ」と、ちゃんと思っているんです。精神的に追い詰められて自殺をしたくなる気持ちになることを希死念慮(きしねんりょ)と言うんですが、これがある一方で、「生きたい」という気持ちも存在していました。両方の考えや想いが混在していて、どちらかが優勢になったり劣勢になったりしていました。

駅のプラットフォームでのその出来事は、本当に恐ろしかったです。一瞬だけでも、自分が「ほぼ完全にそっち側」に転んだからですね。何故あの時踏みとどまったのかは今でも覚えていないのですが、1%でも2%でも生きたいという思いがあったからだと思います。

その後、休職をして復帰をするのですが、当時誰にも話さなかったのですが、その後も引き続き「このまま生きるかそれとも死ぬか問題」は付き纏っていました。

減らない薬、というか効いているのかよくわからない薬、配置替えはあっても根本的な部分は変わらない職場、いつまで経っても心身ともに健康を取り戻せないジレンマ。そんなことがあると、前向きになれたとしても、すぐに後ろ向きになったり、あるいは後ろ向きだったけど前向きになったりしてしまうんですね。

そしてある時に、「3年だけ生きてみよう」という一つの提案に辿り着いたのです。その時から3年間とりあえず生きてみて、相変わらず死にたかったなら死のう、でも生きたいと思えたなら生きよう、というものです。そしてどちらの結末を迎えるにせよ、3年間の行動の条件として、死のうと思えてもいいように、あるいは生きていてよかったと思えるように、3年間は自分がやりたいと思ったことを沢山しよう、と考えました。

その考えを思いついたのは2014年の秋頃だったと思います。

まずは、仕事を辞めることにしました。次の仕事のアテもないけど、「やりたくない」という結論に達したので辞めました。

思いっきり休みたかったので、有給を全て取って旅行に行きました。

…と、ここでは書ききれないくらい、退職前も退職後もやりたいことをとにかくやりました。

そして時は流れて現在。生きています。

というか、2017年秋で3年が経過した時点で、そういった誓いのようなものを立てたことを忘れたまま現在に至ります。忘れたということは、つまり、どうでもよくなったということ。どうでもいい、と思えるくらい「生きるか死ぬか」という極端な次元でもはや考えなくなったのかなぁ、と個人的には好意的に捉えています。

「生きるか死ぬか」というのは随分と偏った考え方だったなぁ、と反省する部分はあるものの、「いつ死んでもいいようにやりたいことを今やる」とか、「生きていてよかったと思えるようなことをやる」という意識が生まれてよかった、とは思っています。

そしてその二つの意識が、次の職場とのご縁が引き寄せられたり、一人暮らしを始めたり、スピリチュアルの色々なイベントやワークショップに参加できたりといった、自分の人生が豊かになり始めたきっかけの一つになりました。勿論、身体を壊したり、返せない程の借金をしたりしてまで行動したわけではなく、ちゃんと現実とのバランスを整えながら実行しました。

「3年だけ生きてみよう」と言ってから、約7年が経ちました。先述した通り、もうそんな極端なことは考えていません。ただ、その考え方がきっかけとなり、「死ぬときまでにやりたいことをやろう」とか、「生きていてよかったと思えることをやろう」という意識が芽生えたことは、今振り返ると大切な変化だったと思っています。

投稿者: dragaliens

30代男性。元教師。 見えない世界に興味がある。 自分を癒やす旅を続けている。

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2件のコメント

  1. 生きていてくれてありがとう♡!

  2. どう生きていったらよいか悩んでました。よくいつ死んでもと話がありますが、バランスをとりながら三年計画の話は今まで聞いたことはなく、ふにおちました。

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