期待しなければ裏切られない

最近ネットニュースの記事で、「人に裏切られたことなどない。自分が誤解していただけだ。」という故・高倉健さんの言葉を目にしました。

「そうだよな」と思い、何日も思い出しては「そうだよな」と、繰り返し思い、その言葉の深みを感じていました。

人間関係で我々は相手に対して「期待」や「理想像」を抱くものです。そしてそれは相手の肩書、経歴、特徴等に付随するものが多く、「高学歴なんだから、これは知っているだろう」とか、「男(女)なんだから、これは出来て当たり前だろう」とか、「大人なんだから、これは当然でしょう」とか。

つまり、自分の「期待」に反した言動を受けたとき、「あんな奴だったなんて!」とか、「失望した」とか思い、裏切られたと感じるということですね。相手に対して誤解した印象を勝手に持っていて、勝手に裏切られたと感じている。よくよく考えると、ただの独り相撲ですね。

今になって考えてみると、僕も勝手に期待していたなぁ~と思うことは枚挙に暇がありません。

たとえ恋人同士であっても、家族であっても、どんなに気心の知れた仲であったとしても、相手を「一人の人間」として見ることって難しいけれど重要で、「夫」「親」「友達」「親友」「彼女」「彼氏」「子供」といったフィルターを通してしまうからこそ、(勝手な期待をしていた自分のせいとはいえ)人間関係が辛くなってしまうのかもしれません。

スピリチュアルな分野で言えば、ヒーラーだとしても変に期待しすぎてはいけないし、所謂「龍遣い」とかチャネラーだったとしても、それだけで特別視する必要はないと思うんです。そういう仕事をしている「〇〇さん」として見る視点をどこかに持っておけば、スピリチュアル業界内で起こるようなトラブルも減るんじゃないかなぁ、と思っています。

投稿者: dragaliens

30代男性。元教師。 見えない世界に興味がある。 自分を癒やす旅を続けている。

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