前世は手掛かりで、それ以上でもそれ以下でもない

鑑定をしていると、皆さんが興味のある話題が、1位:前世、2位:オーラ、3位:龍となるくらい、前世に関心がある人が多いです。「興味がある」というレベルなら全然問題ないのですが、前世を何か崇高なものと捉えてしまっている人もたまにいます。

どういう人かを紹介する前に、まずは前世とは何かを話したいと思います。

我々は今、この世に生まれてきて人生を生きているんですが、誕生する前に別の時代、別の国、別の惑星で生きていた人生があります。これが前世ですね。

ただ意外と知られていないのが、高次元の視点から見ると全ての時間は「今この瞬間」に存在していて、あらゆる可能性が枝分かれして存在しているということです。

つまり、戦国時代に武将だった時の自分と、レムリアの時代に瞑想をしていた自分と、今テレビを見てゲラゲラ笑っている自分と、UFOから地球に来訪している未来の自分(来世)も、全て「今この時点に」存在しているのです。

そして可能性が分岐しているということは、中世に農民であった前世もあれば、同じ時代に王族だったときもあり、近代でホームレスだった時に同じ時代に別の国で宗教家だったときもある、ということです。

我々が言う「前世」という言葉は実は3次元的な「過去・現在・未来」という考えに基づくもので、実際のところは「無限大にあるパラレルワールドのうちの一つ」ということになります。便宜上、「前世」という言葉で言っているだけなのです。

そのため、前世はいくらでもあります。鑑定では現在の状態に一番近い前世を見て、悩みや問題の解決になるヒントを得るための参考資料として使っています。旦那との関係で悩んでいる女性の前世を見たらアメリカ開拓時代の黒人奴隷だったけど、次の鑑定では旦那との問題が解消されていて、前世はアボリジニの語り部だった、というように、その人が変われば前世も変わります。霊的な世界は「類は友を呼ぶ」法則なので、現在の自分の波動(エネルギー)に一番近い前世がダブって視えてきます。

そういう話をすると、「え?前世って随分いい加減なんだ」と思うかもしれません。いい加減と言えばいい加減だし、すごく柔軟性があると言えば柔軟性があるし、ということになります。逆に言えば、それだけバッファがきいたものなので、前世が〇〇だから偉いとかすごいとか、前世のカルマがとか、そういうことはあまり意味がないということになります。

魂は株分けするし、可能性も無限大にあります。例えば織田信長の魂が細胞分裂のように株分けされて、次の世で別々の肉体に宿ることもあります(そしてそれは何十何百という単位じゃなくて、かなりの数になります)し、織田信長が前世だったパラレルワールドを選ぶこともできます。だからこそ、織田信長の前世を持つ人は何人もいていいわけです。

そしてカルマですが、はっきり言って前世のカルマ(業、今世に持ち越した宿題)は今世でちゃんと解消できるようなシステムになっています。しかも、何かお金を払って解消してもらわなくても、厳しい修行をしなくても、変な使命感を負わなくても解消できるように設計して生まれてきています。勿論、「そういうことをしないと解消できない」と思って、自分から望んでそういったことを選択しても問題ないです。ただ、解消のためにはそういう道しかない、という考えで堂々巡りをして苦しむスピ業界の人たちが多いのは事実です。

そういった話を踏まえて、僕が今まで出会ってきた「前世を崇高なものだと考えている人たち」を挙げていきたいと思います。

・前世が歴史上の偉人であると主張する人

僕はこれまで、織田信長の前世を持つ人数人、徳川家康、豊臣秀吉、源頼朝、卑弥呼の前世を持つ人…等、歴史上の有名人や偉人を前世に持つ人を何人か見てきました。言うのは自由だし、そもそも裏付けや検証は出来ないので言われたら「そうですか」と言うしかありません。

ただ、先ほども述べたように、魂は無数に分かれて別の肉体に宿るし、歴史上の偉人だった前世というパラレルワールドはいつでも選べます。だから卑弥呼の前世は世界中誰でも持っているようなものなので、言われても「そうですか」となるだけなのです。だったら邪馬台国の場所おしえてよ、とは思ったことがあります。ちなみに卑弥呼は複数人いた説もありますね。

今まで歴史上の偉人を前世に持つ人を見てきて共通しているな、と思ったのが、自信の無さ。肩書き、学歴、経歴、ステータスにコンプレックスを感じている人に偉人の前世を持つ人が多いな、と感じました。コンプレックスに感じた部分を穴埋めしようとして、素晴らしい(と思われる)前世を主張するのかもしれません。

最近の傾向としては、やたらレムリアやアトランティスの偉い人(神官、科学者、裁判官等)が前世だったと自称する人も多い気がしますが、個人的には偉人の前世を主張する人に通じるものを感じます。

いずれにせよ、前世が偉人だったからすごい、とかいうことは一切ありません。誰だって主張できるし、その偉人を前世に持つ人は株分けするから無数にいるし、どんな前世を持つパラレルワールドを選ぶことは誰にでもできるからです。

・前世のカルマで理由付けする人

「前世で悪行をしてしまったので、今世では浄化を使命としています」といった人も何人も見てきました。確かに、前世での「業(カルマ)」を今世で清算するために生まれてきている面もあるのですが、気になる点としては2つ。

1つは、「業(カルマ)」は悪行だけではない、ということ。前世の徳や善行もカルマとして今世に影響を及ぼしています。カルマのことを「負債」とか「背負うもの」というネガティブなイメージを持ちがちですが、決してそれだけではありません。人間というのは多面的な性質があるので、誰の中にも他者に尽くした前世もあれば、誰かを殺害した(それが故意ではなかったとしても)前世もあります。そもそも業、カルマ(karma)はヒンドゥー教あるいは仏教で「過去の行動の結果」という意味なので、良いことであっても悪いことであっても、「過去の行いは必ず自分に返ってくるものですよ」という意味なのです。何か一つの悪いカルマだけに焦点を当てるのは疑問です。

2つ目としては、先ほども述べましたが、前世のカルマはちゃんと今世で清算できるようになっていて、前世を思い出さなかったり、わからなかったりしても、自然と調整できているということです。勿論、今世だけでなく来世に持ち越し(持ち越すことは良いことでも悪いことでもありません)するケース、あるいは今世で準備しておいて、来世で解消というケースもありますが、前世のことを気にせずに毎日生きているだけで全然問題ありません。

カルマというのは上の存在に言わせると、人間からは「無数の張り巡らされた蜘蛛の巣のようなもの」なので、「前世で人を殺した→今世で誰かに殺される」といった単純なものではない、とのことです。我々の思考では追い付かないくらい緻密で正確なもので、「前世の〇〇が今世の××」とは必ずしもならないのです。裏を返せば、全ての出来事はちゃんと計算されて起こっているのです。

(ちなみに、それがたとえ不慮の事故や自然災害や理不尽な事件であっても、上の存在に言わせると、無慈悲に聞こえますが「起こるべくして起こって」います。)

前世のカルマは意識せずとも調整することができて、かつ人間の人智を越えた「よくわからないけど、上手く機能しているもの」なので、前世の悪行が現世の浄化のお仕事とはならない部分も多い、ということです。

・前世での縁を押し付けてくる人

個人的には今まで接してきた中で、一番厄介だと思ったのがこのタイプでした。どういうタイプかと言うと、例えば、

「あなたは前世で私と同じ魔女のグループにいました。だから今世でも一緒に仕事をしましょう」

などと言ってくる人です。

もうここまで読んでいただいた方なら既にお気づきだとは思いますが、前世というのは非常に柔軟性があります。たまたまそのタイミングで「同じグループの魔女」という前世が類は友を呼ぶ法則で引き寄せられる可能性があると言えばありますが、そうでない場合も勿論あります(本人がピンとこなければそうでない、と判断して大丈夫だと思います)。

それに、前世でそういう縁だったからと言って、今世で一緒に何かをしなければいけないか、というと全くそんなことはありません。むしろ個人的な経験から言えば、思い出したら縁は解消する場合がほとんどです(ちょっと具体例としてはズレますが、過去世退行催眠をすると現世での精神的あるいは身体的な症状が和らぐことがありますが、まさにそのようなもので、思い出すことで、「過去は過去、今は今」と切り分けて考えることができ、手放せるのです)。

中にはブライアン・ワイス博士の『魂の伴侶』に出て来るペドロとエリザベスのように縁が戻るケースもあるかもしれませんが、個人的にはそんなことは極めて稀で、縁遠くなったり、自然消滅したり、場合によっては喧嘩別れしたりするケースばかりでした。

最近聞いたちょっとヤバい実例としては、相談に来たお客さんの家族(旦那や子供)を前世の伴侶やら家族やらと相談者に言って信じ込ませて、家族まで精神的に支配した、ということを聞きました。下手な幽霊話よりも怖いです。

前世の縁を主張する人を見ると、「寂しがり屋」あるいは「構ってちゃん」な人が多い印象です。自分との関係性を強くして近くに置いておくために、前世の縁というものを利用している様子があります。でも、本当に縁があって大切な人なら、そうやって関係性を縛ることはしないですし、相手が思い出すまで忍耐強く待てるはずです。そして何より、前世に頼らずとも関係性を構築していけます。

と、色々と書いてきて、前世のネガキャンをしているような印象を受けるかもしれませんが、そうではなく、「前世を崇高なものとして捉えている(そしてあわよくば人間関係をコントロールしようとしている)人」が個人的には問題だなと思っていて、前世そのものはあって良いと思っています。というか、僕も鑑定で相談者の方の前世は視るくらいですから。

鑑定の時もそのように扱っていますが、前世はあくまでも今を生きるための「参考資料」や「手掛かり」のようなもの。大切なのは、そこから得たヒントや教訓を今の人生でどう生かしていくか、ということなのです。

投稿者: dragaliens

30代男性。元教師。 見えない世界に興味がある。 自分を癒やす旅を続けている。

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