スピリチュアルと不謹慎は紙一重なのか

前回の記事を改めて読んで、自分自身気になったのが、

(ちなみに、それがたとえ不慮の事故や自然災害や理不尽な事件であっても、上の存在に言わせると、無慈悲に聞こえますが「起こるべくして起こって」います。)

という部分。

これは以前にもブログに書いたかもしれませんが、誰かに不幸が起こったときに「全ては起こるべくして起こっているんだよ」と言う人が一定数いるということを聞いたことがあります。誰かが亡くなって悲しい時に、「大丈夫。死んだらまた会えるから」とかいうとんでもない話も聞いたことがあります。

僕自身、そこまで失礼な人には幸いにも会ったことは無いのですが、以前に深刻な悩みをとあるスピリチュアルカウンセラーの方のセッションで話したら、「それは必然で、全て宇宙の計画なんです」と言われたことがあります。「確かにそうかもしれないけど、この悲しさに少しくらい共感してくれてもいいんじゃない?」と思ってしまいました。

確かに、上の存在に言わせると、起きる出来事には全て意味があり、世の中で起こる残酷な事件も、不慮の事故も、災害も「起こるべくして起こっている」なことです。

でも、それって3次元的な感覚だと全然慰めにはなりません。こっちは悲しくて、人を恨んだり、社会を非難したり、自分を責めたりしているのに、「必然」と言われたらカチンとくる人もいるはずです。

ちょっと話は逸れますが、上の存在、特に宇宙人というのは(我々の感覚からすると)結構ポジティブでぶっ飛んでいます。だからこそ、ちょっと不謹慎っぽく聞こえるような内容になることもあります。人間的な感情が理解できない(というか持っていない)くて、逆に我々が感情に振り回されるのが不思議みたいです。勿論、感情がわかる宇宙人もいますが少数派です。ぶっ飛んではいますが、根底には愛があるので、決して意地悪しているわけでも、バカにしているわけでもありません。

今地球上で生きている我々は、どうしても感情だったり常識だったりといった枠組みの中にいます。高次元のメッセージを現実に応用するときには、そういった枠組みを考慮に入れなければいけない場合がほとんどです(逆に一切考慮せずにそのままのメッセージを伝える方針の人もいますが、これは好みの問題で、個人的にはあまり好きではないです)。

だからこそ、スピリチュアル業界で活躍されている方って、霊的な世界と現実世界のバランスがよく取れています。相手の気持ちを汲みつつ、常識の範囲を考慮して上からのメッセージやエネルギーを伝えて、現実に落とし込むことができる。今この文章を書きつつちょっと心がズキっとするのは、自分自身で至らない部分があるからかもしれません。

スピリチュアルは不謹慎ではなく、やはり「どう伝えるか」が問題で、霊的な世界に造詣が深い人ほど現実的であり、バランスがとれているのかもしれません。

投稿者: dragaliens

30代男性。元教師。 見えない世界に興味がある。 自分を癒やす旅を続けている。

コメントをどうぞ

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。