初夏の奈良旅 前編

4月上旬。この時期僕は引っ越しが終わったばかりで、三輪に行きたい気持ちはあったけど、動けるような状態ではありませんでした。でも、5月になればさすがに落ち着いている頃だろうと思い、ゴールデンウィークが過ぎた後に行こうという計画を立てました。

ゴールデンウィークが終わったあたりで宿の予約を取り、今回は2泊することに。というのも、今回は三輪だけでなく、吉野の方にも足を延ばしたかったからです。前々から行ってみたかったのですが、ご縁がなかったり、予定の調整ができなかったりで叶いませんでした。今回は久しぶりの三輪一人旅ということで、二日目に吉野に行く時間が取れました。

そんなわけで、旅行の日程は5月20日(金)~22日(日)の奈良づくし3日間というゴージャスなプランになりました。

初日の朝。早い時間に家を出た後、スムーズに新横浜駅に到着。その後は慣れた動きで近鉄特急に乗り換えました。特急の中で、お宿の女将さんにチェックイン時間の連絡を入れると、「実は今日、偶然にも〇〇さんのお知り合いの方が泊まられますよ。誰なのかは来てからのお楽しみです!」という返信が来ました。

今回の旅は計画の時点で誰にも言っていませんでした(金曜日は有給を取ったので会社の人には伝えましたが、それ以外は伝えていません)。でもまさか、知り合いの人と同じ日に宿に泊まることになったのです。その後、橿原神宮駅に到着するまでの間、一体誰なんだろう、と考えていました。思い当たる人があまりにも多すぎたので、中々絞り込むことはできず。

奈良に来る時は毎回かなりの頻度でそうなるのですが、今回も乗り換えがスムーズかつ、早めの電車に乗れたので、当初予定していた時間よりも早めに橿原神宮前駅に到着することができました。

今回は三輪に行く前に橿原神宮に寄りました。というのも、大神神社の登拝はコロナの影響で今年1月から無期限で出来なくなっており、登拝無しだと三輪でかなり時間が余ってしまうからです。そのため橿原神宮にお参りをしてから三輪に向かうことにしました。

橿原神宮前駅は何度か待ち合わせや乗り換えで来たことはありましたが、橿原神宮への参拝は今回が初めてでした。

橿原神宮はとても穏やかな空気が流れている場所、というのが第一印象でした。平日ということもあってか参拝客は少なく、気持ちよく見て回ることができました。

参道を歩いている途中、参道両脇にある林に何らかの気配を察知してふと見てみたら、キツネ(実際のキツネではなく、見えない世界のもの)が数匹いました。恐らく眷属なのかもしれないのですが、下手に関わるのも危ないので見なかったことにして、ひたすら本殿の方へ歩いていきました。

お参りを済ませて御朱印もいただき、来た道とは別の道からしばらく境内を散策。

途中で畝傍山への登山道を発見。橿原神宮から登る道があるんですね。

そしてそことは別に脇に逸れる道があって、時間があったので試しに歩いて行ってみたのですが…ここで「お仕事」が降りてきました。今回はそういうのはせずに、あくまで気楽な観光をしよう、という方針でいたので無視しようとしたのですが、そのワークの特殊性から自分が無視できない雰囲気が強かったのですることにしました。センシティブな話題に触れることになるのでお仕事の詳しい内容は言えませんが、土地というよりも人(の想い)に関するものでした。

ワークのあと、そこからまた奥深い所に行く道があり、更に先に進んでいくことに。橿原神宮の敷地内かどうか正直微妙だったのですが、晴れた日の真昼間なのに光があまり届かない林の中の道に入り、なんとそこに明らかに古い神社があったのです。建物自体が古いのもあったのですが、メンテナンスが行き届いていないせいかボロボロになっている部分が放置されており、実際の年数以上に古い印象を受けました。

第一印象としては、「うわ、ヤバいとこ来ちゃった」。もう、嫌な感じがバシバシしました。その場所には申し訳ないですが。

そしてつい何分か前にワークしたばかりの自分。もう感覚が鋭敏+冴えわたってしまっていて、無視したくなるようなものも直視せざるを得ないような状況に。さっきの場所でやったのと似たお仕事なんですが、それよりも更にヘビーな内容でした。「あ、これはさすがに無理だ」と判断し、出来る範囲のワークを中途半端にならないようにさせていただき、その場所を去りました(やはりセンシティブな内容が絡んでくるので、詳細は割愛させていただきます)。

対処法が良かったのか、変な汗をかいた以外は何事もなく橿原神宮の参道まで戻ってくることができました。

ちなみにこの戻ってきたときに、50mくらい先の参道脇にある林の手前になぜかシラサギがいました(先ほどのキツネと違ってこれは実物…だと思います)。普通シラサギって川の近くにいるものですが、なぜかこの時は橿原神宮の参道脇の林の手前にいたのです。

「え?あれってシラサギ?」と思ってじーっと見ていると、シラサギはゆっくりゆっくりと林の中へ歩いていき、そして姿を消しました。あれは何だったんだろう。

橿原神宮からの帰り道、看板をふと見てみると、

どうやら橿原神宮には稲荷社があるみたいです。稲荷社ということは、参道脇の林でちょくちょく見たキツネはそこの眷属なのかな、と思い、妙にリンクすることがありました。

その後は橿原神宮を後にして、三輪へと向かいました。

前回三輪に来たのは2021年10月だったので、約半年ぶりくらいです。大勢で来て登拝した前回とは違い、今回は一人かつ登拝なし。三輪に来るときはほぼ毎回三輪山に登っていたのでなんだか寂しい感じもしましたが、コロナ感染拡大防止のためと言われたら仕方ありません。早く登拝が解禁になることを祈るばかりです。

大神神社の本殿や数々の摂社、狭井神社とお参りを済ませ、『あの場所』に。『あの場所』は三輪山の頂上と同じくらい濃いエネルギーが流れている場所です。登拝が出来ない代わりに、『あの場所』でお参りをしました。

そして『あの場所』でワークが降りてきたのですが、登拝と同じ神聖な場所のため、詳細は割愛させていただきます。ですが、さっきから割愛ばかりなのも申し訳ないので、お伝えできる範囲でキーワード程度でお伝えしたいと思います。それは、「宇宙船」、「ワームホール」、「鹿っぽい顔をしたデカい宇宙人」、「シリウス」、といった感じです。なんだかよくわからないとは思います…が、これがギリギリ出せる情報です。

ちなみに『あの場所』だけでなく、橿原神宮での二か所でも、ワークをするときは周りに人がいない、人払いされた状況で行いました。いくらなんでも知らない人が見たら怪しまれて通報…されるまではさすがに無いとは思いますが、怪しい場所だからもう来るのはやめよう、と思われたらその土地に住んでいる人たちに申し訳ないので、ちゃんと状況は判断してやるようにしています。スピリチュアルにも理性は必要です。

『あの場所』でしばらくワークをした後、山の辺の道を天理方面に歩き、玄賓庵まで行きました。こちらは前回の10月のときに行けなかったので、来るのは1年以上振り。お経を一遍唱えてお寺の中を見て回ったのですが、清浄な空気感が気持ちよかったです。ここでも他に人がいなかったのが、よかったのかもしれません。

それから山の辺の道を戻って、大神神社本殿まで散策しながら戻ってきました。その時は14時ちょっと過ぎ。いくらなんでもお宿のチェックインには早すぎるので、どこかで茶をしばいて時間を潰そうかな、と思ったときに、社務所近くに「写典のご案内」という看板が。

写典とはお寺の写経のようなもので、神社の場合は「大祓詞(おおはらえのことば)」を書いて神社に奉納します。写経は好きで定期的にやっているのですが、写典は今までにやったことがありませんでした。

時間もまだまだたっぷりあるし….やってみようかな?と思い、写典の受付をしました。初穂料を納めて、写典参加者用の襷を首から下げて、本殿を突っ切って写典の間へ通されました。ちなみに襷はこんな感じです。

登拝の白い襷とは違って緑色ですね。登拝が出来ない分、代わりに襷を身に着けることができたので、気分だけでも味わうことが出来ました。

そしてすごく嬉しかったのは、他に写典の間にいる人が一切いなかったこと。誰もいない空間で一文字ずつ向き合うことができました。

写典には、30分、1時間、2時間の3つのコースがあるのですが、今回は初めてで様子見な所もあるため、1時間コースにしました。途中集中力が切れて(不甲斐ないです…)、持ち直すために少し休憩を入れたので結果的に1時間30分くらいかかってしまいましたが、完成させることができました。

苦戦した点は、文字の大きさ。写経と一緒で漢字を一文字ずつ集中して書いていくのですが、一字一字が同じ大きさの般若心経の写経とは違い、写典では小さい漢字(恐らく平仮名の助詞や送り仮名を当て字で表したもの)が混ざっていました。これに慣れていないせいか、書きづらく感じました。

大神神社で写典をしたい方で筆ペンを使われる方は、マイ筆ペンをご持参されることをオススメします。写典の間にも筆ペン、そして勿論毛筆も置いてあるのですが(鉛筆もあります)、筆ペンのところに「筆ペンも毛筆と同じく、硯で墨を磨ってご利用ください」という注意書きがありました。最初はそれを見ずに書いていたのですが、「なんだか筆ペンの墨の出がよくないなぁ」と思って交換しに行ったら、その注意書きを発見したのです。そのため、硯に水差しで水を入れて、固形墨で墨を磨って、筆ペンに磨った墨をつけて書いていきました。ちなみに墨汁は置いてないので、墨は磨って作る必要があります。

ずっと集中していたせいか、終わったときにはドッと疲れが出てきました。肉体的な疲労がくるのは登拝で、写典は主に精神的な疲労でした。それでも1時間以上正座をしていたのにもかかわらず全く足が痺れなかったのは不思議でした。

確かにどっとは疲れたし、1時間のところを1時間30分という延長コースでしたが、神社の凛とした空気の中、広間を一人で悠々と利用して雑念を忘れて文字に向き合うことができました。またやってみたいです。

写典の後はチェックイン時間が近づいていたため、お宿に向かいました。

お宿には毎回ウェルカムボードがあって、その日に宿泊するお客さんの名前が書いてあるのですが、なんとその中に、龍の会のメンバーであるMさんの名前が。そう、偶然にもMさんと同じ日に宿を予約していたことが、そこでわかったのです!

365日の中から同じ日に、お互い予約を入れていたという奇跡が起こりました。ちなみにMさんとはお正月に新年のご挨拶を交わして以来、一切連絡を取っていなかったので、本当に偶然のめぐり合わせでした。

三輪の神様もなかなか粋なことをしてくれるなぁ、と思いながらチェックイン。前回10月に来たときは朝ご飯でしか利用しなかったため、お宿に宿泊するのは1年振りくらいでした。

しばらく他の宿泊客の方、お宿の女将さんと旦那さんと話をしていたら、Mさんがお宿に到着。この日は京都の鞍馬を観光した後に電車で三輪まで来たそうです。到着後は一緒におばんざいのお店で日本酒と美味しい料理を堪能しました。毎回ここのお料理とお宿のお風呂と朝ご飯が好きすぎて、三輪の神様には怒られるかもしれませんが、正直神社よりもそっちの方がお目当てだったりします。

Mさんとは久しぶりに色々と話すことができました。どうやらその後、色々と見えない世界でも現実世界でも変化があったようで、数年前に初めて会ったときよりも大きく変化しているようでした。

その後、お宿に戻ってお風呂を楽しみ、Mさんと女将さんとお話しをした後に就寝しました。

いつもお宿に泊まる時は何かしら起こるのですが、今回は何も起こらず。ぐっすり眠ることができました。

この日は朝早く起きたこともあり、2日目は朝食の時間ギリギリまで寝ていたかったので、朝の早朝参拝は最終日にすることにして、体力と気力の回復に努めました。Mさんは朝早く起きて大神神社に早朝参拝に行かれたそうです。

【初夏の奈良旅 中編】に続く。

投稿者: dragaliens

30代男性。元教師。 見えない世界に興味がある。 自分を癒やす旅を続けている。

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