スピリチュアルとは常に狂気との戦い

先日の氷室さんの透視画鑑定にて、「最近僕の周りで、狂ってるとまではいかないけれど、僕から見るとおかしいな、と思うような人が出てきているんです」という話題になった時のことです。

「スピリチュアルの世界で気がふれる人もいます。私の周りにも発狂した人がいますよ」と氷室さん。「常に狂気との戦いであり、そういう人を見せられている、上から『(気を付けないと)こうなるぞ』と言われている、ということもあります」と続けました。

これは昨年から続いていて、ここ数ヶ月で一気に起こったことなのですが、自分の周りで変化を遂げている人が出てくるようになりました。良い意味でも、悪い意味でも。「そんな人じゃなかったのに」と思うような人もちらほらと出てきて、具体的には、とてつもなく高尚なものに目覚めちゃった宣言をする人、明らかに怪しい陰謀論に感化された人、やたらスピリチュアルに絡めて政治的な思想を押し付けてくる人….等々。

幸いなことに実害は今の所ほとんどないです。そして最初の頃こそ相手に対して「まぁ一時の気の迷いでしょ」とか思っていたのですが、だんだんと相手が本気で信じ込んでいることが如実にわかってきて、妙にリアルな恐怖(と少しの狂気)を感じ始めました。

昔読んだ小説のストーリーで、主人公は化け物や怪奇現象が出る世界に入ってしまい、「この世界は狂っている!」と思ったのですが、結末を迎えたら実際に狂っているのは自分だった、というオチでした。まさにそれが頭によぎり、折に触れて「ひょっとして狂っているのは彼らじゃなくて、自分なんじゃないか」と僕自身思ったこともあります。

でも、どうやらそうでもないらしい。というのも、その人たちの周りにも同じような人たちが増えていき、だんだんと言動が周囲を巻き込むような形になっている人もいました。

そして何より、傾向としてあるのが、明らかに自分で考えることを放棄しているような状態。「私はこう思う」ではなく、「〇〇さんがこういっているから正しい」という考えになっていたのでした。勿論、同じ意見だったら良いのですが、なんでもかんでも同じ意見というのはちょっと考えにくいです。双子でも考え方は違うってよくあることですから、他人ならなおさらです。

僕自身、確かにスピリチュアル業界にいて精神的な意味で危ういと感じたことも、正直に言うとあります。特に仕事とか家庭などの日常生活で精神的に追い詰められてくると、自分が信じられなくなる。そういう時に「これが真実だ」とか「これが正しいんですよ」と言われると、簡単に信じてしまうんですね。

また、精神世界分野の知識を深めて経験を積んでいくと、狂気を帯びてくる人もいます。「自分は他の人よりも知っている」という感じでマウントを取ったり「この知識を広く伝えないと」と変な使命感を持ったりするのはまだかわいい方ですが、悪化すると精神病っぽくなる人もいます。

1年くらい前に『ブラッドボーン』というPS4のゲームをプレイしたことがあるのですが、このゲームでは「啓蒙」というステータスがあって、ゲーム中で知識を得て真実を知ると上昇していきます。この啓蒙をある程度取得することで有利に進めてストーリーの真相に近づけるのですが、逆に溜めすぎると(つまり色々と知り過ぎると)敵が強くなったり、敵の数が多くなったりして不利になり、しかも特定の攻撃に被弾して上昇する「狂気」のステータスが早まり、「発狂」しやすくなって大ダメージを負うようになってしまうのです。

ブラッドボーンは近代ヨーロッパが舞台ですが、その世界観はクトゥルフ神話をベースにしていると言われており、ストーリーも中々奥深いのでホラーややりこみ系のアクションが好きな方にはお勧めです(難易度はかなり高いです)。

スピリチュアルが狂気と隣り合わせという話を聞いたときに、正にこのブラッドボーンの啓蒙と狂気を思い出しました。

スピリチュアルにはマイルドなものから結構ドギツイものまで多くあります。あるいはエネルギーワークやヒーリングもまろやかなものから刺激的なものまで色々とあります。そういった情報やエネルギーを自分の中でうまく処理できればいいのですが、たまたま調子が悪かったり物事がうまくいってなくて精神的に不安定だったりすると、自分の中で咀嚼することができなくなる。そうなると抱えきれなくなって未消化なまま出てしまっておかしくなってしまうんじゃないか、そういう危うさがスピリチュアルにはあるんじゃないか、と思いました。

だからこそ、スピリチュアルにかかわる際には自分の不安感やストレスを減らすことも必要なんだな、と改めて思います。これはヒーラーやエネルギーワーカーは勿論のこと、そういった方たちのセッションを受ける人たちにも言えること。つまり、現実的な部分、例えば仕事、金銭、人付き合いを現実的なアプローチで解決していく作業も並行してやっていった方がいいんじゃないか、ということですね。このブログを読んでいる人の多くは「それって当たり前じゃない?」と思うかもしれませんが、それが当たり前じゃない人も実はスピリチュアル業界には結構いて、そういった人がおかしくなる傾向にあるんじゃないか、と推測しています。

ちゃんと振り返って立ち止まって自分の行動を振り返ることができるか、もあると思います。自分の経験なので言うのも少し恥ずかしいですが、スピリチュアルでノリノリになってくると振り返らずに突っ走っちゃって失敗したこともあります。ちゃんと立ち止まる必要もあるんだな、と色々と思い出してみて感じます。

あとは、他人任せにしない、ということでしょうか。スピリチュアルって本来は「個人的」なものだと思っています。つまり、依存するものでも強制されるものでもない。誰かに言われてすることでもなければ、誰かを頼ることでもない。一気に楽になりたいときはつい誰かに頼りがちですが、自分のことなんだから最終的に自分が向き合う必要がある、っていうのは忘れられがちです。

最後に、鑑定の時に氷室さんが言っていたことを書き出しました。今日の話の総括になりそうな言葉なので共有します。

「(発狂というのは)潜在意識が出るんだと思います。その人のなかでわだかまっているものが、こうした不安定な社会状況もあって一気に出てきたのかもしれませんね。そこにはわかってほしい、共感してほしい、という欲求もある。我々から見れば狂っているけど、上に言わせると元々あったものが表面化しただけにすぎない。統合失調症の人の脳波を調べると、普通のリラックスしている人の脳波と大して変わらないらしいので、それだけ狂気って身近なのかもしれませんね。あと、狂気の世界が辛い現実からの逃避になっていることもあります。スピリチュアルに逃げるのは悪いことではないし、それで現実に対処する元気を得て戻る人もいるけど、逃げたままどんどん悪化する人もいます」

投稿者: dragaliens

30代男性。元教師。 見えない世界に興味がある。 自分を癒やす旅を続けている。

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